続けてみよう日記

日記をつけてみようと思いはじめました

無職2

時間ができて、ようやく行けるところに心置きなく行けるようになった。今まではPCから離れるのが不安で仕方なくて近所のスーパーにすら安心して行けないような日々を送ってきたので、まだ少し慣れない。きっと慣れてきた頃にまた激務になるんだけど。

それなのに本屋、古本屋、図書館にしか行っていないし、ものの3日でKindleの課金額は万桁になった。ということは、私にはそれで充分なんだろう。活字さえあれば生きていけるんだ!

ソファの周りに、買い溜めしておいたり新しく買ったりした小説や雑誌、漫画を積み上げて、ネトフリを垂れ流しながらひたすらに読んだり観たりを繰り返している。とっても幸せだと思った。これだけで私はこれだけ幸せになれるんだ、とわかったし、こんなことすら満足にできる時間のなかった過去6年間の自分を本当に可哀想だと思った。

人と会わなきゃダメなのかな、とか、対面主義の人に何か言われる度に自分は普通じゃないのかもと不安になっていたけど、たぶん全然大丈夫なんだ。人には人の世界の広げ方があって、私に合っている方法がこれだっただけで、その人はそれだったんだろうな、みたいな当たり前のことがようやく府に落ちたと言うか。頭では理解できてはいたけど、ようやく自分の中に落ちてきた感覚がある。

物事をぐるぐるずっと考え込む癖がある(発達グレーゾーンあるあるらしい)ので常に頭の中がうるさい。だから、活字を摂取することで強制的に違うことを考えるのは自分にとってすごく大切なことで、すごく生きやすくなる。物語の余韻に浸る時間も大好きだ。ずっとずっと考えていられる。言ってしまえば現実逃避なので、他人からするとあんまり良いことではないのかもしれないけれど、気にしないことにしようと思った。

あとは、感受性が強い、というとよく聞こえそうだけど、ようは物語にすごく影響されるし感情を引っ張られやすいので、内容によっては深く落ち込む時もある。何を観ても読んでもボロボロ泣いている自分を見て、同居人は心配そうだ。(理解ができないらしい。)

高校生の頃、よく学校裏のブックエースか近所の図書館でサボっていた。あの頃から自分の機嫌の取り方は何も変わっていない。あの頃は自称進学校で勉学に励む同級生を横目に、頑張れない自分が逃げているようで罪悪感でいっぱいだったけれど、今考えてみると心を守っていたんだと思う。何にも悪いことじゃなかった。逃げていると言うよりも、あの頃私に必要だったものがきっとそれだっただけなんだな。

そんな感じなので、ドラマ最愛を1日で見終えた。感想、ネタバレもあるかもなので慎重に書く。

少女漫画の黎明のアルカナを思い出した。最初から見返したくなるようなお話。これに尽きる。

はじめからずっと、加瀬さんの「愛おしいものを見る目」の演技が素晴らしかった。カテゴライズできない、まさに最愛を表した梨央と優を見る眼差し。これが全編にものすごく大きな説得力をもたらしていた。特に、梨央、優、加瀬さんでもんじゃを食べた団欒の別れ際、振り返り2人を見つめるあのシーンの目、忘れられない。すごい役者さんだなあ、と思った。

あと、湊かなえ作品の実写化は見たことがなくて(原作のファンすぎる)知らなかったけど、全編通して感じていた「湊かなえ感」は脚本家さんや演出家さんの力だったのかと後から知った。映像作品を見たことがない人間にも伝わるのってすごい。業界的に出入りはあってもテレビ作品とはあまり関わりがなかったけど、もっと脚本や演出についても勉強したくなった。

ねーこうやってすぐ仕事のこと考えるの。仕事してたいな。働きたいみたい。

たくさんお金がもらえたら、同居人くらい養うのにな。同居人はパートとかでお家のことしたらいいさ、全部私が稼ぐのに。こんな昭和な考えをするほど仕事が好きだし、家事するのが性に合わないのに、薄給だし私は女だし、ぐるぐる考えてしまう。

同居人との生活を大事にしたい一方で、何にも考えず心置きなく仕事に没頭したい自分もいる。どっちの気持ちも本当だから、区別をつけるのが難しい。いいかげん、選ばないといけない年齢になりつつあるのにな。

無職1

本日から1ヶ月、めでたく無職になった。ずっと仕事のことを考え続けてた6年間だったから、鳴らないスマホやPCを前に、なんかまだどうしていいかわからない。そわそわする。

私は文章を書いていないと頭の中を吐き出す場所がなくてパンクしてしまうし、あまりにもツイートがうるさくなるので無職の日記を始めようと思う。

今日は役所に行った。すごい混んでた。AIがやれよと思ったり、こんな場所で働いてて何か楽しいことあるのかなーとかすんごい失礼なことを考えたりした。向こうからしたらこんな激務薄給マンに何も言われたくないと思う。本当に申し訳ない。

無職期間の税金をたくさん払ってなぜか損をした気持ちになる。でもADHDなので一括払いしないと忘れるから仕方ない。

帰りに本屋に寄ったら来月から作る雑誌を女子高生がみんなで読んでた。本屋の入り口、平積みの一番目立つところに置かれた、何十万人の人が読む雑誌をこれから作るのか、と思うと緊張したし、早く働きたくなった。

1日目だけど本当に暇だ。私は多分働いてる方が性に合ってると思った。人生で、無職になっておかしくなった人たくさん見てきたけど身をもって「こりゃおかしくなるわ」と実感した。まだ1日目なのに。意図的にSNSを遠ざけないとこのまま頭にアルミホイルを巻いてしまう、と思ったのでオタク用と仲良い人数人しかフォローしていないTwitterアカウントを残して消した。インスタは物欲がめちゃくちゃ刺激されるから無職が見るものではない。楽しいことあった時だけ復活しよ。

数年前に買った「百年の孤独」に一切手をつけられていないのでこの1ヶ月で何とか読み切ってみようと思う。あとはルイーズブルジョワ展終わる前に絶対見に行こう。光る君へも1話から見ないと。べらぼうも見ないと。

なんとか頑張ろうね、無職期間!

8/24

会うのは2年ぶり、きちんと話すのは4年ぶりとなる母に会った。

傷つくことを言われ、ヒステリーを起こされ、私は考えていたことを言葉にする気を失った。

「私は、私の世界を壊す人と関わりたくない。」逃亡癖がついたのは、間違いなくこの人のせいだなあ、と怒鳴られながらぼんやり思った。

子どもたちの気持ちよりも自分が傷つくことを回避して、物事を自分に都合の良いように思い込む、母はいつまでも子どものような人だ。教えてくれる人も、気づかせてくれる出来事もこの人の人生にはなかったのだと思うと、単純にかわいそうだなと思った。

確かに、私が1人で生活できるだけの肉体を、18になるまで育てたのは両親だ。

ただ、私をかろうじて社会生活ができるまでの「人間」にしてくれたのは、両親ではなく、こんな自分を見捨てずに寄り添ってくれた友人たち、友人たちの親御さん、過去の恋人たちや婚約者、先輩に後輩、先生、バイト先のマスターなど、挙げればきりがない今までにたくさん出会った人たちだったのだ、とはっきりと認識した。なにが悪いことなのかもわからず人間とはかけ離れたどうしようもない存在だった自分を、愛情を持って叱り飛ばし、励まし、そして支えてくれたのは間違いなく両親ではなく周りの人々だった。悲しくなって、ほっとした。

いくら言葉にしても気持ちが伝わらないことに涙を流す私を見て、母は「泣かれたってしょーがないんだけど」と吐き捨てた。いつだってそうだったね。

恋人と別れた時も、友達と喧嘩をした時も「お前が悪いんじゃない?」と言われて育ったので、私はプロポーズまでしてもらっても、いまだに人間関係に自信が持てない。

残りカスみたいな情でかろうじて連絡を取ってたけど、もう本当に今後の付き合いを真剣に考えねばなと思う。

5/14

22:48 丸の内線荻窪行き

レンズが分厚い黒縁メガネ、マスクをして、大きなトートバッグを持って、髪からは洗い立ての香りがした。

あの隣に座った女の子は今からどこに行って誰に会いに行くんだろうな。

私は会社に戻るよ!

5/12

28歳になる約1週間前だ。

さすがにもういい大人すぎてちょっと怖い。

社員数20人にも満たないちっぽけでしょーもない会社で、半年くらい前から売上が全社員中2位になった。私が優秀なわけでもなんでもなく、ただようやく育って一人前になった30代の中堅社員たちが次々と辞めていくからだ。歳上の役職下はいるが、その人たちを除き、役職上かつ年上は直近で44歳になってしまった。直近の先輩が一回り以上離れているなんて、組織として信じられない。

業界的にまだ若手扱いされる27歳という歳で、人がいなさすぎるあまりに、私は案件ごとにチーフだのリーダーだの都合のいいように呼ばれ、本来であればまだ現場を駆けずり回れる年次で管理職側に足を踏み入れることになった。

年が何個も変わらない後輩たち(なんなら年上や同い年)の管理を一手に引き受けることになったのだ。自分がろくに教育された経験もないのに。

作ることに集中したいし、私は出世願望もないので管理職にはなりたくない。

ずっと好きなことをしていたいのに。夢が叶ったその先にまだ頑張らなければならないことがたくさんあることに、疲れた。

もうフリーランスになっちゃおうかな。