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好きなもの

 

 

 

私の好きなもの

 

チーズ、辛い物、韓国料理、お肉、お寿司、玉ねぎドレッシングのサラダ、漫画、特に矢沢あい羽海野チカ安野モヨコ、アニメ、退廃的な恋愛物語、金原ひとみと市川拓司と橋本紡の小説、viviennewestwood、煙草、ビール以外のお酒、特にハイボール、フォアローゼズ、ヘルムート・ニュートンオードリー・ヘプバーン、昭和初期のロマンポルノ、椎名林檎TAKUYA∞成宮寛貴hyde、古いもの、源氏物語、世界中の神話、歴史の勉強、百合の花、赤

 

 

思いついただけ書いたけどほんの一部

 

 

こんなに好きなものがあって、はっきりしていても、主張をすることが難しいことを最近痛感する

 

 

自分は確かにあるはずだけど、まわりの仕立てた人物像に無理矢理固められていく感覚が何とも気持ち悪い

 

くだらないし可哀想

 

 

文章を書くことが1番のストレス発散になっているから救われている

 

 

文字があってよかった

 

 

だから電話は辛い

 

 

仲直りがしたい

 

 

 

けど、自分から啖呵切った手前、あと本当にとっても悲しかったのでわかってもらえるまで出来ない。

 

 

世の中の男性の皆様、もしあなたのパートナーが怒っていたら、美味しいケーキと、小さくてもいいから花束を買って帰ってみてください。

 

 

9割仲直りできますよ

 

 

 

 

終わり

パウンドケーキ

 

朝起きて、私は泣いた。

 

なぜ泣いているのかはよくわからなかった。

と言えば嘘になる。心の中に漠然とある不安や不満、後悔が溢れ出たら涙になった。しかし私は、それらを形にする方法を涙にすることしか知らない。言葉なんて不安定なものにする上等な手段を、私は身につけていない。

 

それは何と無くやってきた。毎日顔を合わせ、一緒にご飯を食べ、肌を重ねた男のほんの些細な仕草が、私を寂しくさせた。目が覚めてしばらくスマートフォンの画面を見ていた彼に、漠然とこのままではダメかもしれないという思いが生まれたのだ。前ほどに彼に私の関心が無いこともわかっているし、こんなにしがみついている必要性がないことも十分にわかっていた。わかっているにも関わらず過去の後悔を正当化させることばかり考える。酷い頭の中だ。

 

男は何で女が怒っているかなんてわからない、とは実に便利である。女という生き物は、男が何を考えているか、ほんの些細な隙で気づく。仕草や、言葉の中のワンフレーズや、目の動きで、わかってしまうのだ。

 

私が泣いていても、彼は私の頭を撫でる手のもう片方で、スマートフォンで少年漫画を読んでいた。つまり、そういうことなのだろう、と痛む頭で考えた。止めようとするほど涙というものは流れてくるもので、扱いに困ってしまう。言葉に似ている。一度堰を切ったように体の外に出してしまったら、それはもう止まることを知らないのだ。だから私は代わりに涙を流すのかもしれない。

 

 

一言も交わしたくは無かった。

から、寝室からリビングに出ると、一本煙草に火をつけた。どうしようもないことをだらだらと考えていると、キッチンテーブルにこの間金沢に旅行に行ったとき買ったパウンドケーキが一切れ残っていることに気がついた。チョコレート味のパウンドケーキの上に金箔がのせられたもので、お土産屋のお姉さんに、金の延べ棒買ってきましたよなんて言ったら受けますよ、と言われたのを思い出した。少し高めの値段で私は買うのをやめようと言ったのに、彼がどうしても買って行くと言って効かなかったものだった。

 

煙を吐きながら、あんなに楽しみに買ってきたのに、一切れ残っていたら落ち込むだろうな、とパウンドケーキを一口食べた。

ずっと放置されたいたからか、パウンドケーキは水分が飛んでパサパサしていて、ケーキらしからぬガリガリとした食感だった。もう一口含んで、パウンドケーキやっぱりしっとりとしていないとなあと思った。放っておいたらダメだとわかっていたのに、ラップをかけなかった私たちは馬鹿だ。飛んだ水分はどうしたって戻ってこない。少しずつ、なるべく一気に飛んでいかないように、丁寧に保存していくしかないのだ。

 

私たちは、馬鹿だ。

 

 

 

久しぶりに映画館で号泣しました

 

 

 

浦和駅を利用する時によく戦争反対の旗を掲げた老人の姿をよく目にする。

実際に戦争が起きた時、前線で命をかけるのは私たち世代であるのに、ある人はイヤホンをさながら、ある人は右手にiPhoneを持ちながら通り過ぎていく光景になんとなく見ていられない気持ちになって目を伏せてしまう。

 

 

今日も浦和駅を利用して映画館に行き、最近メディアなどでよく見かけるらしいブラッドピッド主演の「マリアンヌ」を見て来た。

 

 

ネタバレになるのであまり詳しいことは書かないのだけれど、久しぶりに映画館で号泣をした。

 

夫婦の愛がテーマの作品なのだけれど、時代の無情をひしひしと感じて涙が止まらなくなった。

 

登場人物の葛藤が俳優たちの名演技によってこちらにもすごく伝わって来た。

 

1940年代、第二次世界大戦の真っただ中である。

 

戦争によって亡き者にされた想いがいくつ積み重なって、今の時代が生まれたのだろう。

 

ただのラブロマンスで片付けたくはないと思いながら余韻を楽しんだ。

 

 

映画の帰り道にはもう老人たちの姿は見えなくなっていた。

 

そして今日も私は、最愛の人の腕の中で眠りにつくのだろう。

 

 

 

終わり

不機嫌な果実を見てしまった

 

 

 

小学四年生の時に見た、いま、会いにゆきます成宮寛貴に心奪われてから早10年経ってしまった。先日の引退報道ショックでしばらく現実から目を背けていたのだけれど、ついに見てしまいました、、、

 

 

不機嫌な果実!!!!!!

 

 

成宮寛貴がまたすごく良い(ボキャ貧)な役をしていて、もう感涙でありまして、、、

 

 

既婚者でありながら、主人公にちょっかいだして、しかも他に不倫相手もたくさんいる、、、というなんだかほんとにクズ男なのにかっこいい、、、、涙

 

 

またセリフがいちいちクサくて、それが似合ってしまう成宮寛貴、、!

 

濡れ場は最早芸術でした。美しいの一言。

 

 

女の人はいつだって、イケナイ男の人が好きですね。

 

 

ネタバレになるので内容は控えようと思いますが、とにかく本当に成宮寛貴が好きな人にはたまらないドラマでした、、

 

 

あんなに素晴らしい俳優を失ってしまった日本は本当に終わりだと思います。

 

 

どうか成宮さんが幸せに過ごしていますように

 

 

できたらもう一度でいいから拝みたい、、、

 

 

 

終わり

クラブについて

 

 

 

たまに私はDJをするんですけど、これがまたとても下手くそなわけです。

 

 

ファンクを流したりテクノを流したり、これまた年代も曲調も全然違うものを好んだりしているのですが。

 

 

大きな音が鳴っている中で、名前も知らない男と女が耳を寄せ合って話している姿が、とても虚無的でなにより安堵します。

 

 

肩書きとか、住んでいる街とか、名前すらもいらない。ただお互いだけがそこにいて、大音量で流れるクラブミュージックを避けるようにお互いの声を届けるその姿に、なんとも言えぬ感動を覚えます。

 

 

お互いの、顔とその声と、髪の毛や肌のさわりだけわかれば、ここにはもうそれ以外いらないのです。

 

だから私は、どれだけDJが下手でもここに来ようと思えます。

 

 

彼等がこれから幸せな人生を歩めますように。

 

 

 

終わり

コラム「福」

 

 

僕はいつだって、彼女を泣かせたかった。

しかし彼女はいつでも毅然とした表情で、踵を返すのみだった。僕はどうしても、その瞳の光を、真直ぐに結ばれた唇を、張り詰めた頬を、歪ませたかったのだ。歪んだ彼女から溢れる涙を、掬ってみたかったのである。

 

 

幼い頃からその試みは行われていた。彼女がお気に入りでいつも持ち歩いていたリカちゃん人形を隠した。自慢の長く艶々した髪の毛を結ったおさげを鋏で切った。ままごとの父親役を断った。丁寧に作られた泥団子を踏み潰すなどした。

しかし彼女は泣かなかった。じっと僕を見つめ、あっちにいってよ、と言うばかりで、泣きなどは絶対にしなかった。叩いたりなどすれば、泣いたのかもしれないが、人に暴力を振るうことだけはしてはいけないと、母から懇々と言い聞かされていた僕は、それだけはしなかった。

 

中学校にあがったとき、僕等は同じクラブに入った。そして、14になったころ、僕は、彼女といつも一緒にしていた下校をやめた。あの日、彼女はいつものように体育館の入り口で、自転車にまたがりながら、僕をまっていた。大きめの体操着が、体の成長を覆い隠しているのがなんとも不釣り合いな後ろ姿を眺めながら、僕はその横をクラブの仲間と通り過ぎた。僕の声を聴いて、ヘルメットをかぶった小さな頭がこちらを振り返るのがわかった。ずっと過ぎた後、後ろを振り返ってみても彼女は泣いていなかった。ただ、自転車をこぐわけでもなくその場から動かなかったのを覚えている。

 

 そのまま、僕等は高校生になった。彼女は、いよいよ女らしさを増し、少し時代遅れのセーラー服がよく似合っていた。未経験なのに始めた新体操のおかげか身についた彼女のしなやかな身のこなしが、僕の焦燥感を掻き立てていた。

その頃僕は、早生まれで成長が遅かったつけが周り、背が急激に伸び始めていた。

そして、始めて女の子に告白をされた。

恋人ができた、と教えたとき、彼女は、ふうん、と言っただけでそっぽを向いた。やはり彼女は泣かなかった。泣くと思い込んでいた自分勝手な思い上がりを僕なりに恥じた。そういうことか、とも妙に腑に落ちた。彼女は、クラブの時間だからもう行くねと言って、廊下を駆けていった。

しばらくして、僕と恋人が寝たという噂がひろまった。そうして、もう彼女と目も合わせることもなくなっていた。

 

 

最後に交わした会話は、卒業式だった。離れたくないと、泣いている仲間たちの肩をたたいて慰める彼女の手を引いて少し離れたところに呼んだ。

僕は手短に、東京に行く、とだけ伝えた。彼女は、僕の目をじっと見つめた。幼い頃と変わらない瞳の光があった。静かに頷いた後、頑張ってね、とただそれだけいった。繋いだままの左手が熱く、僕が泣きそうになった。先に手を離したのは彼女で、妙にそれがほっとしたのだった。

 

 

成人式で彼女を見かけた時、声をかけることができなかった。向こうからも声をかけてくることはなかった。それがお互いにとってたぶん1番悲しい方法だと知っていたのに、僕らが言葉を交わすことはなかった。彼女の振袖の裾で艶やかに咲く椿が妙に瞼の裏に焼き付いてどうしようもなく苦しかった。

 

 

 

それからずっと経ってから、僕は結婚した。会社の後輩の気が弱く、優しい女だった。可愛い子供にも恵まれた。女の子1人と、男の子が1人。それでも、僕には彼らと生涯を共にする資格がなかったらしい。あの優しい人は、心があまりにも澄みすぎて、この世界で生きるには少し真っ直ぐ過ぎる人だった。どんどん病んでいくあの人から僕は逃げ出した。自分までが蝕まれるような、恐ろしい混沌と、後悔。妻の実家に頭を下げたときの首の皮を引きちぎられるような、あんな気持ちがあるなんて、僕はこの歳になるまで知らなかった。

 

孤独がこんなにも、僕らのそばにいて、いつだって共にあることを知らなかった。5年前に他界した父に会いたい。まだ病まれていなかったころのあの人に会いたい。息子と娘に会いたい。姉さんと新しくできた赤ん坊に会いたい。

 

彼女に会いたい。

 

 

ああ、彼女は笑うだろうか。

 

こんな僕を見たら。

 

どうか泣いてはくれないだろうか。

馬鹿な人ね、可哀想。と思い切り同情してくれればいいのに。

 

 

 

何もなくなった僕が地元に帰ると、彼女は、あの頃と何も変わらないそぶりで、庭の花に水を遣っていた。僕のことを見るや否や、驚いたような顔をして、駆け寄ってきた。久しぶり、とか、今何してるの、とか、たわいもないことを話す彼女の声にゆっくり耳を傾けていた。

 

 

ずっと言えなかったことがある。

 

 

僕がそう切り出すと、君の顔はみるみる歪んだ。

 

 

やっとその一言が言えたとき、君は泣いた。

 

 

 

これが僕の求めていた幸福なのだと。

 

 君の塩辛い涙を掬い舐めあげながらそれだけを思った。

 

 

 

終わり